ぞんびだ!1−3・終

この文章を書くきっかけになった西直さんのつぶやきを、本文中で一部改変して使っています。
http://twitter.com/nisinao/status/13376066826

 Wii Fitをしている最中、突然メロディーが聞こえてきた。クルマやビールのCMで使われていそうな一昔前の歌だ。ぞんびださんがボードから降り、音の方向に走っていったのを見て、ようやくケータイが鳴っているのだとわかった。ぞんびださんの部屋に出入りするようになってしばらくたつ。でも今まで彼女のケータイが鳴ったのを聞いたことはない。
「はい、リョウです」
 ぞんびださんが妙に丁寧に電話に出た。話をしながらケータイを持ってキッチンのほうに向かい、僕の視界から消えた。
 僕はテレビの電源を切る。何だか突然の出来事のように感じられた。けれど、よく考えると電話ぐらいおかしくもなんともない、のではないだろうか。だって僕のケータイにもメールしてくるぐらいだし。誰か友達(ゾンビ)、略してゾン友からかかってきたのかもしれない。きわめて普通、そう思うことにした。
 一方、僕はぞんびださんの言葉を思い出す。
「この不景気でね、お客さんが減っちゃって」
 そういう説明を聞いても、さっきのような「売ります、買います」のやりとりをしても、この瞬間まで僕は全く想像していなかった。しかし、ぞんびださんのあの丁寧な受け答えを聞くと、真実は容易に想像できる。


 キッチンからぞんびださんが出てきた。
「やったよ! お客ゲット。それも新規の!」
 彼女は満面の笑みだった。顔色はゾンビらしく、相変わらずあまりよくなかったけれど。
「よかったですね!」
 つられて僕は答えた。突然、心の中にもう一人の自分があらわれる。よかった、のか?
「ふうん……」
 そう言って、ぞんびださんが僕の顔を覗き込む。彼女には全部見透かされている、そんな気持ちになった。
 まず心を落ち着かせる。それから、彼女が望むようなやりとりをしようと決意した。
「ええと、本当に娼婦だったんですね」
「ねえ、今まで信じてなかったの?」
「てっきり冗談を言っているんだと」
 しばらくの沈黙。
「どうして体を売ったりするんですか?」
 聞いてしまった。ぞんびださんを見ると、少し悲しげに微笑んでいる。初めて見る表情だった。彼女がゆるやかに口を開く。
「んー、生きてるって感じがするからかな? あっ、死んでるんだけどね」
「……」
「…笑うところだよ?」
 そして、彼女はゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ゾンビ少女に惚れちゃだめだよ」
 ぞんびださんは歌うように言う。そして僕のシャツ、制服のズボンと順番に触ってくる。
「ねえ」
 彼女の鼻先が、すぐ近くにある。
「何ですか」
「貸してほしいものがあるんだ」
「何でしょう」
「自転車の鍵」
 高級娼婦なのに自転車で仕事場まで向かうんですね。ぞんびださん。


「それじゃ、仕事の時間まで元気に遊びましょう」
 ぞんびださんがそう言ってテレビの電源をつける。僕はもやもやした気持ちを抱えていた。
 でも突然気付いた。ここで『腐っていても』仕方がない。
「何、顔がにやけているよ」
 そうかもしれない。そうでないかもしれない。僕はゾンビじゃないんだ。