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「この前パスポートの更新があったので会社に持ってきたら、なんだか中身をチェックされたみたいでさ。その後部長に呼び出されて『ずいぶん頻繁に海外に行っているなあ』と言われたんだよ」
 会社の屋上でタバコを吸いながら、高梨はそう語る。同期入社で同じ事業部に配属され、もう十年近くたつ。香港での「仕事」を紹介してくれたのは彼だった。
「なにも会社の金じゃなくて、自分の金でやればいいだろう、パスポートの更新ぐらい」
「いいなあ金持ちは」
「金持ちじゃないって」
 高いフェンスの向こうの棟を二人で眺めていた。夜12時を回っているのに、どの窓も電気がついていて明るい。
「部長の前では『プライベートです』って言い切ったけど、でも考えると、嫁には『出張』って説明してるしさ」
 なるほど。高梨の弱点は嫁だったか。それならはじめから嘘などつかずに嫁を買収するか、そうやっていつも愚痴を言うくらいだったらいっそのこと離婚すればいいだろ……とも思ったのだが、そういえば高梨は社内結婚をしていたのだった。
「みんな過労死寸前までよく働くよなあ……残業代もでないのになあ」
 突然高梨は関係のないことを言い出した。目はまだ隣の棟を見つめている。高梨の嫁になる前の女の顔を思い出そうとした。総務にいたはずだが。
「このフェンスだって最近自殺防止のために一段と高くなっただろう? 俺は死ぬのはやだなあ」
 高梨はそんなこともつぶやく。確かに死ぬのはいやだ。加えて身近な誰かが死んだという知らせを聞くのも嫌だ。


 翌朝一番、やっぱり今回は参加できない、と高梨は言いにきた。けれどもSIM解除のソフトを手に持っており、分け前の請求だけはしっかりとしたのだった。