量子的な少女

 一人暮らしをはじめてから数日経ったとき、突然彼女は部屋の片隅に現れた。長い髪がまず目に入った。それから透けるように白い肌。というかそれは本当に実際透けていて、向こう側の壁の模様が見えることもあった。SFのストーリーに出てくる、立体映像のようだった。
「話し出すと長くなるんだけれどね」
 ありがちな前置きをしてから彼女は語り出した。けれどもそれはさほど長いものではなかった。むちゃくちゃなものだったけれど、とりあえず彼女が姿を消してから、今に至るまでの説明にはなった。
 彼女の「存在」は、今となっては確率でしか定義できないのだという。
「でも、私がここにいるのは『確か』」
 そう言い、彼女はこちらに手を伸ばす。よく見ると手は小さい粒の集合でできている。その疎な部分はきらきら光ったり、時々は光らずに後ろの景色を映し出したりする。一方、密な部分は濃い色をしている。そして一際濃い部分が僕の手の甲をすうっと触れた。それは確かに人間の感触だった、ような気がする。
「信じてもらえた?」
 僕は無言でうなずく。
「それじゃあ、今日は私はここで寝させてもらうから」
 片手を上にあげて、体を伸ばしながらあくびを一つして、それから彼女は体を横たえた。その最中も彼女の体の輪郭は濃くなったり薄くなったりを繰り返していた。そして彼女は目をつむる。やがて寝息を立てる。
 僕は彼女に近づき、彼女の寝顔をまじまじと覗き込んだ。たくさんの疑問はあったけれど、その無防備な寝顔を見ているうちにどうでもよく、はならなかった。色々と整理する時間が必要だ。立ち上がってキッチンへと向かう。何か飲んで考えることにした。