ぬこ2

ぬこ(前回)

 よい天気の土曜日、サヤカとヒナコと僕は散歩に出かけることにした。
 まずヒナコに猫用の特別なリードをつける。胴輪といって、両前足と胴体の三つに輪がかかるようになっているものだ。今のところ意識は猫ではなくヒナコなので、取り付けるときにも暴れることはない。サヤカがヒナコの右前足、左前足と順番に持ち上げ、輪に通していく。僕はそばに立って、その様子をぼんやりと眺めている。しゃがみこんでいるサヤカの後姿が見える。今日は無地のパーカーを着て、ローライズのジーンズをはいている。自分の彼女以外の若い女性のローライズについてどう反応すべきか、というのは僕と僕の友人の間での懸案の一つだ。やがてサヤカはヒナコを抱きかかえ、立ち上がった。


 部屋を出てエレベータに向かう。下ボタンを押す。ドアが開く。中には誰も乗っていない。乗り込む。閉めるボタンを押す。一階のボタンを押す。二人と一匹は終始無言だった。
 横に立つサヤカの横顔を見たが、どういう感情かはわからなかった。ヒナコを見ると、サヤカに抱かれたままで同じく横顔だった。そこで僕は視線を外したのだが、外したということはつまり僕もサヤカとヒナコと同じように身じろぎせずエレベータのドアをひたすら見つめるということになり、そこから思考は飛躍して、僕はエレベータという空間の不思議さを感じた。なんか、ありえなくないですか? エレベータの中って。サヤカにそう話したら伝わるだろうか。それともまたいつものように冷たく、見下すような目をするだけだろうか。考えているとドアが開いた。ぴょんとヒナコがサヤカの腕の中から飛び出る。リードがするすると伸びていく。エントランスのガラスの自動ドアが左右に開き、ヒナコが明るい外へと駆け足で出ていく。次にリードを持ったサヤカ。そしてサヤカから重い荷物を持つようにいわれた僕が続く。猫、人、人。縦一列になって散歩が開始された。