友人ハナのこと3

「将棋」
「ふうん、将棋ねえ」
 私は答える。
「驚かないの?」
 ハナは不満そうに尋ねてきた。近くのファミレスまで二人で歩いているときのことだ。ようやくハナの新しい趣味の話になった。


 今日は土曜日。朝一番に私の部屋にハナがやってきて、しばらく二人でマンガを読んで、そろそろ昼ご飯でもと思っているところで、ハナがファミレスに行こうと言い出したのだった。私は本当は課題の本を読むつもりだったのだが。もしハナに話しかけられなかったなら、読んでいるマンガを取り上げられなかったら、私は今も空腹を気にしながら読みふけっていただろう。危ないところだった。
 ファミレスにはすでにハナの新しい彼が来て待っているという。
「で、彼氏とはいつも将棋をしてるの?」
 平坦な感情のまま、私はハナに聞く。
「まあね。でも彼はとっても強くて。いつもハンディをつけてくれるんだけど」
 そうなんだ。
「コマの動かし方がね……覚えるの大変だったんだ。ねえ、メグは知ってる?」
 ハナが確認を求めてきたのは、「普通」じゃない話をしているという自覚があるからではないだろうか。そう思ったけど、すぐにそんなことを考え出す自分の自意識がいやになった。
「ハナ、あのね」
 思い切って言ってみた。ちょっと声がかすれたかもしれない。でも続ける。
「私も昔、将棋をやってたんだ」
「え、聞いたことない」
「んー、話したことないしね」
 言って私は少し楽な気持ちになった。
「昔って? 今はやってないの?」
「小学校の頃なんだ。近くに将棋道場があって」
「道場?」
 ハナが興味をそそられたようだ。笑ってもいいところだよ、と私はハナの気持ちを想う。
「兄が行ってたから、私もついでにね」
 ハナはうなずいている。そして目をキラキラさせている。自分の彼氏以外で、将棋を指せる相手ができてうれしいのかもしれない。


 後ろからチリンチリンと自転車のベルの音がした。こういうことをするのは……と思いながら振り向くと、やはりどこかのおばちゃんだった。鼻を大きくふくらませてこちらをにらみつけている。ハナと私は話に夢中で、自転車が近づいていることなどまったく気付かなかった。
 私とはハナは顔を見合わせて、そして道を譲った。おばちゃんがたまったイライラをエネルギーに変えて加速していくのを見送りつつ、私は将棋道場に通っていたときのことを思いだそうとした。中学、高校とずっと指さず、大学生になっていきなり友達と指すことになるなんて。ダイキとは長くつきあったけれど、将棋道場に行ってたなんて話したことはない。本当に不思議、ハナは不思議な友達だと思う。