友人ハナのこと5・終

 ハナの上達が早いのか、それとも私が昔の実力を保っていたのか、わりといい勝負になった。乱戦模様である。さっきからハナは手駒を立てたり、はさんで回したりしている。次はハナの番だ。私の角行がハナの陣に飛び込み、竜馬に成った。それに対して考え込んでいる。
「えっと……」
 ハナがつぶやきながら思考している間、私は遠慮なく彼女を観察した。髪が前に流れてきていて、顔にかかりそうだ。それを指で持ち上げてみたい。滑らかな、するっという感触を楽しんでみたい。真剣に考えている時にそういうちょっかいを出すとどんな顔をするだろうか。私は男視点になっている。そりゃ男もほっとかないだろう、なんて。
 ふと横を見ると、ハナの彼がそわそわと落ちつかない様子だ。良い手に気付いたのだろうか、盤面をちらりと見ながらハナに何かを伝えたそうにしている。うざい。今は将棋なんかじゃなく、自分の彼女に見とれるところだろう。で、その彼と目があった。


「ドリンクバーに行ってきます」
 彼はそう言って、私とハナのグラスを持って立ち上がった。目があっただけ、決してにらみつけた訳ではない。ここでハナと私の勝負の邪魔をしなかったのは、空気が読めているからだろう。自分のグラスを後回しにしているところには好感も持てる。何だか、人様のオトコを勝手に採点してしまっている。
 比較対象は別れたダイキだ。全然気がまわらない男で、おかわりの時には、いつも私が二人分持っていっていたのだ。思い出すと悲しくなってきた。
「いい彼じゃない」
 気分転換気味に話を振ると、ハナは顔を上げる。
「でしょ」
 顔にかかった髪をかきあげ、答える。ちょっと憎いというか悔しいというか。
「それにしても若いよね……。で、年下ってどうなの」
「どうなのって……」
「だから……」
「メグ、ごめん、わかんない」
「ほら、ハナも一人暮らししているわけだし」
「メグだって一人暮らししてるじゃない」
 セックスのことを聞きたかったんだけど、直接的な質問をするのに躊躇していた。ハナもハナでこちらの意図に気付いていて、かわそうしている。今は彼も近くにいるし。まだ昼間だし。


 その彼がグラスを両手に持って戻ってきた。
「あ、まだ指していなかったんだ」
「まあ、ね」
 ハナが彼に言う。そして再び盤に目を落とす。
「ちょっとね」
 私はわざと思わせぶりに応えてみた。
「メグ、ちょっとって何よ」
「将棋について」
「そう将棋について」
「馬について」
「馬?」
「私の」
「メグの?」
 ハナが尋ねるから私は竜馬を指さした。
「何だか楽しそうだね」
 ハナの彼がそう言った瞬間、私とハナの視線が合った。今日何度目だろうか。絶好のタイミングで、もうおかしくてたまらなくなった。同時にうれしくてたまらなかった。
 色々な感情が次々とわきおこり、忙しくてたまらない。そんなわけで、私はずっとハナの親友でいようと心から思ったのだ。