(2; はるか)何も考えずにひたすら走り続けよう

 成績上位者を発表するのは、もう本当にやめにしてもらいたい。物理教師はテキパキと名前を呼び上げていたけれど、私の名前と点数だけはわざとゆっくりと読まれたような気がする。
「長曽我部さんは文系志望なのにすごいね」
 次に移るまでの間、奴は無言だったが顔には確かにそう書いてあった。正直、放っておいてくれって感じ。
 こういう気分の日はとにかく練習するに限る。ちょうど今日はLSDの日だから、川べりの景色を眺めながら、何も考えずにひたすら走り続けられる。奴が黒板を向いて長い式を書き出した。その合間に教室の窓に目を向ける。ごちゃごちゃと建物が連なっている。そしてその端で街並みがとぎれているのが見える。川が流れているのはあのあたりだ。
 シャープペンをくるくる回しつつ、黒板の上の時計を見て、開放される時間を再度確認した。あと少し。式について熱心に説明し始めた奴と目が合ってしまった。いや、物理なんかに興味はないから、実は。


 奴がめずらしく授業を延長しなかったおかげで、予定通りの時間に私はクラスを飛び出すことができた。急いで部室に向かいながら、彩のことをちょっと考えた。彩は昼休みに外に走りに行ったきり学校に戻ってきていない。そうやって勝手気ままに振舞えるのを改めてすごいと思った。自分にはそんな勇気はない。興味はなくてもきちんと授業に出て、一応話を聞いて、ノートなんかもしっかりとってしまう、私はそういうタイプの人間だから。
 部室に入って私のロッカーを開ける。中にはメモが残されていて、私のシリコンオーディオが添えられていた。今朝、彩に渡したものだ。走りに出かける前、彩はそこにそれを置いて行ったようだ。
ポッドキャスト、コピーしといたよ」
 彩のメモを読む。『ポッドキャスト』が何かわからなかったが、朝の話からすると、何か音楽をコピーしておいてくれたのだろう。サンキュー、彩。こんなのもらっても、私、使ったことないからよくわからなかったし。
 そこら辺の男なんかよりもよっぽど最新の機械だとかパソコンだとかインターネットに詳しい彩は、やっぱりすごい。何だかさっきから彩のことばかり思ってしまっている。すごい、すごい、って何か他に言葉はないのか。
 シリコンオーディオをウインドブレーカーのポケットに無造作に入れた。部室に鍵をかけ、部員全員が知っている秘密の場所に隠した。意味もなくつま先立ちをして秋の空を眺め、その後男子の部室のほうへと駆け出した。