(4; 元沢)一日がもっと長ければいいのに

 一日がもっと長ければいいのに、と思う。例えば48時間、いや30時間でいい。そうすると6時間余計に使えることになるから、今の睡眠時間をそのまま陸上の練習に当てられる。それだけではなくて、予習や復習をしたりするのも悪くない。
 何かどうも最近何事もうまく回っていない。成績は下がる一方だし、走りのほうも少し不調だ。一年のくせに体力十分な北山、インターハイも狙える長曽我部、ウルトラマラソン志望のアヤ。こういった長距離の面々を軽々と引き離す、圧倒した走力を部長の自分は持っていた、持っているはずだ。


 走り始めてから数分なのに、体が少し重い。疲れからか左足と右足の長さが同じではないような気がする。胸のあたりも苦しい。でも急ぐ。先に出発した北山と長曽我部に追いつかなければならない。
 ズボンのポケットでケータイが震えだした。多分遥からだろう。後で電話する、なんてさっきは言っていたけれど、これじゃ全然「後」なんかじゃない。「直後」だ。遥の部屋を出るときには、
「これから練習だから」
 と告げてきたが、言葉の意味はうまく伝わらなかったようだ。


 初めて授業後・練習前に遥の部屋に寄った際にはずいぶん喜んでくれて、それがうれしくて何回か同じことを繰り返した。ところが、近頃遥はそれを当たり前のように要求してくる。
「何がいけないの? 学校は終わっているんでしょ」
 と遥は言う。高校を中退した途端に、遥は勝手なことを言うようになった。卑怯だ。こっちがどんな考えでいるか分かっているくせに、自分の感情だけバシバシ通してくる。
 一人暮らしをしている女の部屋に行くのがいけないのか、そもそも女と付き合うのがいけないのか。部活に遅刻するのも問題だろう。全部ひっくるめて、高校生らしくない、と簡単に断罪できるだろう。でも拒まない自分が悪い、というか、傍から見ると(ほとんど知られてはいないと思うが)むしろそういうことを好き好んでしているように見えるはずだ。
 結局もし6時間あったらそれだけ遥の部屋にいる時間が長くなってしまいそうだった。負のスパイラル的な現状は、少々余計な時間を得たところで変わらないのかもしれない。


 しばらく走り続けていつもの感覚を取り戻しつつあった。踏み出した足が地面をとらえている。すこしストライドを大きくすると、心臓がそれに即座に反応する、まるで変速機のように。
 そんな時、別の空想がするりと頭の中に入ってきた。SFとかで人よりも多く時間を割り当てられた主人公はどうなったのだろうか。実際の年齢よりも早く老化が進んだりしたんだったか……ようやく自分が馬鹿なことを考えているなあ、と気づいた、そしてふと長曽我部の顔が浮かんだ。
 想像の中で彼女は冷たい目をしてこちらを見ている。実際そんな目で見られたことは一度もないのだが、なぜか自分はそれを恐れている。長曽我部はるかを変に意識して、遥と付き合っている……二人が同じ名前なのは偶然じゃないような気がする。